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全教のとりくみ
【行動】2007/09/30
教科書検定意見撤回を!9・30学習交流集会【講演】後半
教科書の歪曲はどういう流れで起こってきたか 
 
 そもそもこの教科書の歪曲の問題が、どういう流れで起こってきたのかということを一応おさらいがてら話したいと思います。


 沖縄戦の歪曲は長い歴史を持っています。その中で、82年の教科書問題というのは、いまにつながる大きな問題でした。この時には、高校の江口圭一さんの教科書が初めて、日本軍による住民殺害を記述しようとしました。そうすると文部省(当時)から「証拠はない」とか、県史から引き出そうとすると「県史は一級資料ではない」とかいうことで結局、書けなかったんですね。ですから、書けなかったということが82年は大きな問題となりました。
 これは、ご記憶のことかと思いますけれども、アジア・太平洋地域に対する「侵略」を「侵出」と書き替えた教科書問題。いまの「近隣諸国条項」が出来た時とまったく同じです。その問題が起こった時でしたので、全国的に、国会でも、「あの戦争をどう書くのか」ということが議論になりました。その中で沖縄の記述についても問題になりました。
 結局、どういう解決になったかと言うと、当時の小川文部大臣が「沖縄県民の感情に配慮した検定をこれからします」と言って、文部大臣の答弁によってこれは収束したわけです。そういう意味では、「近隣諸国条項」のような文面にする必要はあるんだろうという話にもなるわけですが、そういう結果の中で、翌年83年の中学校教科書から、沖縄戦における「住民虐殺」という記述がされるようになりました。その結果、どうなったかと言うと、「住民虐殺を書くなら『集団自決』を書け」というのが文部省の検定方針でした。「『住民虐殺』よりも『集団自決』の方が犠牲者の数が多いのだから書くべきだ」と言ったのが、文部省の指導だったわけです。その時の検定、いわゆる教科書の調査官。これがいまでも調査官をやっている照沼という男です。これは伊藤隆という東大の歴史学者がいますが、彼の門下生です。ですからその頃から、こういう検定を専門にしているわけです。
 そういう「『集団自決』を書け」という指導をして、どういうことになったかと言うと、先ほど説明したとおり、いわゆる「集団自決」というできごとは、基本的に軍の誘導・命令・強制で起こったことですから、その本質は「住民虐殺」と同質、同根であるということが、歴史の教訓だと思います。
 この同質、同根であるように一生懸命、工夫をして書いてきたわけです。その結果が変えられる前の記述なわけです。「集団自決」を入れろという文部省の指示の中で、なるべく「住民虐殺」と同質、同根になるように書いた結果なんです。だから、当初の家永教科書においても、江口さんの教科書においても、「住民虐殺」さえ書ければよかったわけです。「教科書記述としては」です。「集団自決」ということをあえて書かなくても、「『住民虐殺』が書かれていれば、それは含まれているんだ」ということが、教科書記述の本質だったと私は思っています。
 それが冒頭申しました「軍隊は住民を守らない」という教訓を具体的に表現する実例だったわけです。しかし、彼らはそういうことで「集団自決」を入れ、それが20年近く教科書記述としては変わらなかった。しかし、今回の裁判等を理由に変えてきた、このような流れになっていくわけです。その先駆けになるというか、重要な動きになったのが藤岡信勝を代表とする『自由史観研究会』でした。彼らが2005年に沖縄プロジェクトというものを立ち上げ、現地調査をしてプロパガンダ集会を打ち、そこで梅沢、赤松などと合流して、夏に大江・岩波訴訟を立ち上げる、こういう流れを持っています。
ですから、この2006年の検定に至るまでに、そういう動きで着々と教科書から削る準備を靖国派の政治家と結託しながらやってきたことははっきりとしている。ただ、誰が最終的に動いたかは、まだ洩れ聞こえてきません。そういう歴史を持っているわけです。ですから、そういう結果の中で沖縄戦記述が変わってきたわけです。

 
若者を戦場に駆り立てる歴史観に作り直す意図は明白 
 
 その後、中学教科書でどのように削除されてきたのか。沖縄戦も含めた近現代記述というものは、大体97年の教科書がピークです。97年の教科書が近現代史の記述としては、一番書かれていた教科書ですけれども。96年に『つくる会』ができて、最初にターゲットにしたのが「従軍慰安婦」でした。彼らは、教科書採択運動を、『つくる会』教科書をやるのと同時に「自虐史観」的な分析をして、ランクを付けましたよね。「どれが一番自虐的か」と。これで一番槍玉にあげられたのは日本書籍でした。いまの中学校地区採択という現状の中で、日本書籍は部数を大幅に落とし倒産に追い込まれる。彼らは自分たちの主義主張、イデオロギーのために会社を潰すことまでやってのけたわけです。そして、次の2回目の教科書採択までには、「従軍慰安婦」、性奴隷に関する記述が載った教科書は中学校では1冊もなくなってしまう。そこまで、彼らは運動をすすめることができた。それでも日本書籍は意地になって、新社をつくって出しましたけれども、次はないということで、教科書会社を1社減らしてしまうという事態になっています。そこまで彼らはやってきたわけですね。そういう運動の延長に、この問題があるんだということを是非抑えていただきたいと思います。
 彼らは、「南京大虐殺」「従軍慰安婦強制連行」「沖縄戦集団自決」の3つが日本軍を貶める自虐史観3点セットだと言っているわけです。ですから、そのことからもわかるように日本軍の名誉を復活させ、ひいては軍隊を美化し、国民を守るもの、生命・財産を守るものと位置づけることで、再度若者を戦場に駆り立て、兵隊にすることが出来る、そういう歴史観をもう一度つくり直す。国のために貢献し、命を捨てることは尊いことだ、ということを歴史の総括として、少しでも近づけたい。そういう意図があることは明白だと思います。ですから、こういう運動をする際には、9条改悪まで視野に入れてこの教育の問題、歴史認識という言葉を嫌がる人もいますけれども、歴史を、教育を考えるということがどういうことなのかという、そういう視野を持って是非、全国的な問題として位置づけていただきたい。

 
文科省の調査官が「こうしましょう」――教育内容に介入している証拠 
 
 最後にこれからの運動をめぐることで、私自身が考えていることを少しだけ話して終わりたいと思います。現在、この問題は「歴史歪曲をただす」という運動以上に、「教科書検定制度をどのように見直すのか」という運動に広がりつつあります。
 教科書というものは、審議会というところが議論して決めています。審議会の中に、第2部会の中に「社会」があります。「社会」の部会の中で基本的には検定方針を決定します。全体の審議会では報告どおり承認するだけですから、実質の最終責任は「社会」の部会なわけです。この下に日本史小委員会があって、そこで実質的な議論をしているわけです。各小委員会が部会にあげて、部会で確認したものが全体で確認される。そういう仕組みになっている。その際に今回は、実は一番議論されなければならない日本史小委員会で沖縄戦の議論が一切なかったということが、当事者証言で出たことを『沖縄タイムス』が明らかにした。
 ですから、教科書会社があって、文科省があって、検定審議会があります。いまでも伊吹官房長官(前文科大臣)は「検定審議会は公正中立だ」という態度を崩しておりませんが、この調査官がいて、基本的な調査をするわけです。これが先ほど言った伊藤隆の弟子である照沼と村瀬という2人。2人とも伊藤グループです。彼らが出してきて、小委員会で審議をするわけです。今回明らかになったのは、日本史の小委員会の先生たちがこれを発議して議論したわけではなくて、調査官が「こうしましょう」と言って持ってきたことが明らかになった。
 これはどういうことかと言うと、結局文科省主導で検定意見が変えられる。これまで20年いじってこなかったものをあえて変えるわけですからね。このタイミングそのものを調査官が主導してやってきたんだ、とこれは文部官僚が教育内容に介入しているという決定的な証拠になるわけです。
 彼らは「行政職ではなく、専門職だ」といって逃げたりもしますが、すくなくとも文部官僚が主導になって原案をつくって、今回「検定意見を変えましょう」と言ってきたことがわかったわけです。これまでは、私たちの要請行動に対して、彼らは「公正中立に学問的見地からやっているんだ」とずっと言ってきたわけです。私たちは「そういう反論があるなら、是非出してください。そういう学説・研究があるなら出してください」と言ってきました。彼らは、それに対してきちっと応えることはできませんでした。それもそのはずですよね。ないんだもん。論争もない、学説もない中で、検定方針を変える。
 あえて、強いてあげるのは裁判での意見陳述しかない。裁判というのも、4月の文科委員会の中で不適切だと陳謝してしまいましたので、裁判を使うこともできない。そうすると「新しい関係者の証言が出ました」と言う――〝誰ですか?〟〝何ですか?〟〝裁判でしょ〟〝まだ事実認定もされていない〟〝司法の判断もされていない〟――一方的な意見陳述による証言を一方的に採用する。そういうことを官僚主導でやるということは、官邸ないし政治家の圧力がないと動かない。こういうことが判明をしてきた。

 
検定制度の問題を指摘し、それに対するとりくみを 
 
 ですから、検定制度そのものが、もっと透明性を高めながら客観的にされなければならない。それを同時に追求しながらもう一歩、「結局、検定というものは教育の自由、教育内容に国家が介入することに他ならない、そういう制度にしかなっていないじゃないか」ということに話をすすめていく大きなきっかけをつくってくれた。このように考えています。
 是非ですね教育、教科書の問題として、教科書制度そのものにどうメスを入れていくのか。これまで3次にわたる家永裁判、そして高嶋先生による教科書横浜訴訟の中で検定の違法性を長らく問い続けてきました。それが終わって何年も経つ中で、またこういう問題が出てくるということは、やはり検定制度そのものをどこかできちっと問題を指摘しながら、それに対するとりくみをやっていかなければ、まずいだろうと思っています。ですから、もちろんこの教科書の検定意見撤回運動ではあるんですけれども、私たちはその視野を持ってとりくんでいただきたい。これが運動方針の中で検定意見撤回の先におきたいことです。

 
沖縄戦や近現代史をどう教えるか 
 
 そして、もう一つ先におきたいことがあります。それは教育運動としての教材化、ないし足元の授業実践をより豊にするという活動を再度位置づけていただきたいと思います。
 沖縄の中には、こういう楽観論があります。「教科書記述が変わったって、特設授業をやっているからいいんだ」と、僕はそれは間違っていると思います。それはこの問題が教科書という全国的な記述の問題であるということをまったく欠落した発言であるということと、もう一つは特設授業でやったからといって、日本の歴史という長い大きなスパンの中で沖縄戦をきちんと位置づけて授業ができているか。沖縄の実相を、沖縄の実相として学ぶことは大事だけれども、それが日本の歴史、ひいてはアジアの歴史の中でどういう位置づけになっているのか、という体系だった学びができるのは、やはり歴史の学習だろう、日本史の学習、世界史の学習だろうと思っています。ですから、そういう観点で「本当に考えて言っているんだろうか」とあきれてしまうことがあります。
でも、やはりそこを僕らは実践的に証明していかなければならないんだろうと思います。そのためには、これまで以上に沖縄戦や近現代史をどう教えるのか、それを「自虐史観」と言わせないようにどう丁寧に積み上げて、子どもたちと学んでいけるのか、ということを考えないと教育実践そのものが後退すると思いますし、もっと教科書記述も後退すると思います。限られた紙面の中で、教科書は書かなければなりませんから、やはりみなさん自身の知恵もかりながら、「写真はあれでいいのか」「文面はいいのか」「分量はいいのか」など、いろんな観点からもう一度教科書の分析をしなおさなければいけないと思っています。
 
 ですから、これは批判めいた言い方をしますけれど、教職員組合が教科書分析ということを怠っている、そこの弱点を突かれているんではないか。教科書が出る度にきちんと教科書分析をして、「いまの教科書こうなっている」「もっとこう使うべきだ」という運動を継続的に系統的にやってきたか。そうした弱さというものはあるんだろうと思います。ですから、研究しながら「もっとこの写真で考えられるよ」とか、「こういう証言を載せればもっと子どもが眼を開いて読むよ」というようなことを、執筆者に働きかけて教科書を良いものにしていかなければならい。
 その努力というものを、私も含めて教育者がもっとしなければならないと思います。ですから、そういう運動というのは、地道な沖縄戦研究の成果、資料発掘の成果、証言の聞き取りの成果といった一つひとつからしか生まれませんから、そういう足元の研究活動を私自身ももう一度振り返りながら、つくっていきたいと思いますし、先生方にやはりそれをもう一度やるんだと、単純に「『つくる会』の教科書さえ採決されなければいい」という判断ではなく、相対的に教科書は東京書籍みたいに悪くなっているんですから。
 
 そういう中で、『つくる会』が分裂しましたよね。ひとつは藤岡の『つくる会』――まあ潰れるでしょう。もうひとつは『教科書改善の会』という八木一派がつくった会。これに『日本会議』が全部くっついています。フジテレビが出資をして郁朋社というところから出します。彼らは「『つくる会』教科書は右過ぎた」と言っているわけです。だからより中立的な教科書をつくろうと言っているわけです。そうすると極端に言うと、東京書籍か郁朋社かということになる。東京書籍により近い教科書になっていくと思います。全国で学ぶ子どもの半分以上の教科書があいまいな教科書になってしまう。そういう事態をつくってはいけないわけです。ですから、もちろん『つくる会』系の教科書を採択させない、このたたかいはもっとがんばらないといけない。しかし、先ほどから申しているように教育運動の前進の中で、教科書記述を1歩でも2歩でも前進させる。そのたたかいがもっとやられなければならない。
 そういうところまで見据えて――私たちの教科書改善運動というところまで――問題として提起されていると思います。是非、それをとりくんでいただきたいし、がんばりたいと思っています。

 
10月山場に 検定意見の撤回をもとめ沖縄から上京団 
 
 とにかく山場は、10月一杯に政治決着をきちっと図って、検定意見の撤回、正誤訂正を認めさせるというところです。沖縄からの中央行動は、10月15日と16日に予定されています。いままだ最終決定できていませんが、できるだけ全国のみなさんと連帯して集まる場を設定して、この運動を結節させていきたいと思っています。そういう意味では、平和フォーラムや日教組、市民グループの人たちとも、一緒に出来るような場を沖縄からきちんと提起できれば、党派性も超えてやれると思います。その一致点をみなさん、是非探りながらやっていただきたい。なかなか地方では難しいところもあるということは十分理解していますけれども、なんとか職場の中では乗り越えていただきたい。子どもというのは、党派性などというものは関係ありませんから、その子どもたちのためにがんばっていただきたいと思います。
 是非、また10月に結集して大きな声を国会であげたいと思います。そして11月までに決着ができればと思ってがんばっているところです。

 
大江・岩波沖縄戦裁判の支援を 
 
 それからもうひとつ裁判の方は、11月の9日に梅沢、赤松の本人尋問があります。大江健三郎も出ます。できれば大阪地裁に10時までに集まっていただきたい。いま、向こう側と傍聴券の取り合いをしています。前回の7月の証人尋問では、こちらが150~160人で、あちらが100人以下。彼らは赤松、梅沢まで並んで傍聴券を取ろうとしています。そういうように傍聴席そのものも、支援の中で追い詰めなければならない。そういうたたかいになっていますので、大阪のみなさんはじめ協力をいただき、傍聴券を1枚でも多く取るということでがんばって支援をしたい。こちらも連帯してがんばりたいと思いますのでよろしくお願いします。
 12月21日には結審して、来年3月には地裁判決が出る予定です。完膚なきまでに叩きのめしても、きっと高裁にあがります。ですからこのたたかいも2~3年続きます。
 それまでに改悪された学習指導要領が出て、再来年小中学校の教科書検定になります。そこまできちっとあきらめずに地道に活動しないと、また小中の教科書がねらわれますので、それを視野におきながらこの運動をやっていきたいと思っているところです。


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